東京地方裁判所 平成6年(ワ)24173号 判決 1996年10月25日
原告
全日本空輸株式会社
右代表者代表取締役
普勝清治
右訴訟代理人弁護士
田中慎介
同
久野盈雄
同
今井壯太
同
安部隆
同
田原彩子
被告
社団法人日本旅行業協会
右代表者理事
住田俊一
右訴訟代理人弁護士
風間克貫
同
畑敬
同
山田洋一
同
植松勉
同
野口耕治
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告が旅行業法二二条の八に基づき東京法務局に供託している弁済業務保証金のうち、金一億七〇四八万三八一四円について、原告が還付請求権を有することを確認する。
二 被告は、原告に対し、原告の被告に対する、株式会社龍王に係る平成五年一〇月二九日付けの認証の申出、株式会社新生トラベルに係る平成六年二月一七日付けの認証の申出及びケー・シー・シー観光株式会社に係る同年三月二二日付けの認証の申出を、それぞれ認証せよ。
三 被告は、原告に対し、右の各認証の申出を認証する旨書面で通知し、原告の弁済業務保証金還付請求手続に必要な供託書正本を引き渡せ。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 事案の概要
本件は、原告が、代理店契約に基づく取引によって取得した旅行代理店らに対する債権について、被告の供託する弁済業務保証金から弁済を受けるべく、被告に対しその認証の申出をしたところ、被告がこれを拒否したことから、右保証金について供託金還付請求権の確認等を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 当事者等
原告は、定期航空運送事業等を主たる目的とする株式会社である。
被告は、旅行業者等を社員とする社団法人であり、運輸大臣の指定を受け、法定業務として、旅行業法(平成七年法律第八四号による改正前のもの。以下同じ。)二二条の三に規定される苦情処理業務、研修業務、弁済業務等を行う旅行業協会である。
株式会社龍王(以下「龍王」という。)、株式会社新生トラベル(以下「新生トラベル」という。)及びケー・シー・シー観光株式会社(以下「ケー・シー・シー観光」といい、以上三社を併せて「龍王ら」という。)は、いずれも運輸大臣の行う登録を受けた旅行業者である(争いがない。)。
2 弁済業務保証金
弁済業務とは、旅行業務に関し、旅行業協会の社員と取引をした者に対し、その取引によって生じた債権に関し弁済をする業務である(同法二二条の三第三号)。
旅行業協会は、旅行業者から弁済業務保証金分担金の納付を受けて、これを弁済業務保証金として供託する(同法二二条の八、同条の一〇)。右分担金を納付した旅行業者(以下「保証社員」という。)と、旅行業務に関して取引をした者は、その取引によって生じた債権について旅行業協会の認証を受けた上で、弁済限度額の範囲内において、右保証金から弁済を受ける権利を有する(同法二二条の九)。旅行業協会は、申出人に対し、認証をする旨又は認証を拒否する旨及びその理由を書面により通知しなければならない(旅行業法施行規則(以下「規則」という。)四七条二項)。申出人は、供託所に対し、供託書正本、右の認証する旨通知した書面その他の還付を受ける権利を証する書面等を添付して、還付請求をすることにより、その権利を行使することができるが、被告が認証した場合は、被告が還付手続についても代理して行う扱いとなっている(被告の弁済業務規約一六条三項参照)。
3 原告らの龍王らに対する債権
(一) 代理店契約の締結
龍王は一三八六万円、新生トラベルは八八六万円、ケー・シー・シー観光は一二八〇万円を、それぞれ弁済業務保証金分担金として被告に納付し、被告の保証社員となっている。
原告は、昭和四五年一〇月一日に龍王との間で、昭和五〇年一〇月一日に新生トラベル及びケー・シー・シー観光との間で、それぞれ航空運送業務に関する代理店契約を締結し、以後、龍王らは、原告の旅客運送契約締結の代理、航空券発行の代理等の業務を行ってきた(甲四ないし七)。
(二)(1) 龍王に対する債権
原告は、龍王に対し、右代理店契約に基づき、龍王が一般旅客に発行した航空券の発行に係る運賃、ジェット料金、遅延利息等の債権を取得したが、右債権の内合計四億四五〇一万四八四一円が未払いであって、原告は、平成五年一〇月二九日以降もその支払いを受けることができず、龍王は平成六年五月二五日に破産宣告を受けた(甲九、乙三の一)。
(2) 新生トラベルに対する債権
原告は、新生トラベルに対し、前記代理店契約に基づき、新生トラベルが一般旅客に発行した航空券の発行に係る運賃、ジェット料金、旅客販売システムの予約・発券端末装置の使用料金、遅延利息等の債権を取得し、平成六年二月二日、右債権の内未払金合計三七一八万三八一四円についての仮執行宣言付支払命令が確定したが(那覇簡易裁判所平成五年(ロ)第五〇五六号)、新生トラベルは事実上倒産し、同年二月一七日以降もその支払いを受けることができない(甲一〇の一、二、乙二、四)。
(3) ケー・シー・シー観光に対する債権
原告は、ケー・シー・シー観光に対し、前記代理店契約に基づき、ケー・シー・シー観光が一般旅客に発行した航空券の発行に係る運賃、ジェット料金、遅延利息等の債権を取得したが、右債権の内合計九五一九万四六四三円が未払いであって、ケー・シー・シー観光は事実上倒産し、平成六年三月二二日以降もその支払いを受けることができない(甲一一、乙一)。
4 原告の認証の申出及び被告の認証拒否
原告は、被告に対し、平成五年一〇月二九日、龍王に対する右3(二)(1)の債権の認証を、平成六年二月一七日、新生トラベルに対する右3(二)(2)の債権の認証を、同年三月二二日、ケー・シー・シー観光に対する右3(二)(3)の債権の認証を、それぞれ申し出た(以下「本件認証の申出」という。)。
しかし、被告は、同年六月二三日から同年九月九日までの間に、認証の申出に理由がなく、かつ、取引に関し認証の申出人に重大な過失があるとの理由で、右認証をいずれも拒否している(争いがない。)。
二 争点
1 本案前
(被告の主張)
被告は運輸大臣の指定を受けた旅行業協会であって、請求の趣旨第二項は行政処分である認証行為を求めるものであるから、抗告訴訟によって争うべきである(なお、認証を求める義務づけ訴訟は現行法上認められないから、原告としては、被告の認証拒否処分の取消しないし無効確認を請求することが考えられるものの、右取消請求については、いずれも出訴期間が経過している。)。また、請求の趣旨第一項及び第三項は、行政処分である認証拒否が取り消されていない以上、訴えの利益を欠く。
(原告の主張)
被告の認証行為は、行政庁たる供託官に対し、弁済業務保証金の還付の認可という行政処分を申請する前提要件にほかならず、それ自体は法定の私的事業関連行為であって、公権力の行使としての行政処分に当たらない。
2 本案
(一) 代理店契約に基づく取引は、弁済業務保証金制度で保護される旅行業務に関する取引に該当するか。
(被告の主張)
旅行業法二条一項括弧書は、「もつぱら運送サービスを提供する者のため、旅行者に対する運送サービスの提供について、代理して契約を締結する行為を行なう」事業が、旅行業務に含まれないことを意味するものであるから、代理店契約に基づく取引は、旅行業務に関する取引に含まれない。
(原告の主張)
同条項括弧書は、「もつぱら運送サービスを提供する者のため、旅行者に対する運送サービスの提供について、代理して契約を締結する行為を行なう」者が旅行業者に含まれないことを意味するものであり、他に同条項各号の行為を行う者は旅行業者に当たるから、かかる代理業者との代理店契約に基づく取引は同条項二号に該当し、旅行業務に関する取引に含まれる。
(二) 原告の本件認証の申出は、被告の弁済業務規約(以下「規約」という。)一四条一項が認証を拒否すべきものと規定する「認証の申出に係る保証社員等に対する債権の発生について、その原因となった旅行業務に関し取引をした者に故意又は重大な過失がある場合」に該当するとして、被告はその認証を拒否することができるか。
(被告の主張)
規約は、旅行業法二二条の一七第一項に基づき運輸大臣の認可を受けて制定されたものであり、有効である。規約一四条一項は、規則四六条にいう「申出に理由がない場合」を具体化したものであり、「故意又は重大な過失がある場合」も、その一例であるところ、原告は、龍王らの財務状況の悪化を知り又は知り得べきであったにもかかわらず、取引を継続して、認証の申出に係る債権を取得したものであって、「故意又は重大な過失がある場合」に該当するから、被告はその認証を拒否することができる。
(原告の主張)
規則四六条は、「旅行業協会は、承認の申出があったときは、当該申出に理由がないと認める場合及び法第二二条の九第一項の権利を有することの立証が不十分であると認める場合を除き、当該申出に係る債権について認証をしなければならない。」と規定しており、規則の下位規範である規約において、認証を拒否できる場合として「故意又は重過失ある場合」を追加変更しても、原告に対して効力を生じるものではない。また、無効な規約が認可により有効となることもない。
したがって、被告は、「故意又は重大な過失がある場合」に該当するとして、その認証を拒否することはできない。
(三) 航空券の運賃、ジェット料金等の精算に用いる旅客販売システムの予約・発券端末装置の使用料金債権は、旅行業務に関する取引によって生じた債権に当たるか。
(被告の主張)
端末装置の使用料金債権は賃料債権であり、旅行業務に関する取引によって生じた債権に該当しない。
(原告の主張)
航空座席の予約や航空券発行といった旅行業務に必要不可欠な端末装置の使用料金債権は、旅行業務に関する取引によって生じた債権に該当する。
第三 争点に対する判断
一 本案前の判断
旅行業協会の認証行為が行政処分に該当するかどうかを判断するに、旅行業法二二条の九は、保証社員と旅行業務に関して取引をした者は、その取引によって生じた債権について、旅行業協会の認証を受けた上で、供託所に対して供託金還付請求をすることにより、弁済業務保証金から弁済を受けることができる旨規定している。そして、規則四七条二項は、「旅行業協会は、申出人に対し、認証をする旨又は認証を拒否する旨及びその理由を書面により通知しなければならない。」と規定しており、認証を受けた債権者は、供託規則二四条二号の定める「還付を受ける権利を有することを証する書面」として右の書面を提出することとなる。
このように、旅行業協会による認証行為は、供託官による供託物払渡の認可処分という行政行為の前提であるにすぎず、広く公権力として債権の存否を確定し公証するものではないのであり、また、旅行業務に関する私法上の債権を保証し、取引の安全を図るという弁済業務保証金制度の一環として、私的事業との強い関連性を有するものである。したがって、旅行業協会による債権の認証行為は、元来、国が公権力の行使としてしなければならないという性質のものではないのであって、それゆえに民法上の法人である旅行業協会がなすものと定められているのであるから、行政処分には該当しないというべきである。
なお、同法二五条の二第一項は、運輸大臣は、申請により、旅行業協会に旅行業務取扱主任者試験の事務(以下「試験事務」という。)を行わせることができる旨を定め、同条八項は、試験事務に従事する旅行業協会の役員及び職員は、刑法その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす旨規定しているが、他方、認証行為に関してはかかる規定が設けられていないのであって、このことも、認証行為が行政処分に当たらないことを裏付けるものということができる。
よって、本案前の抗弁は理由がない。
二 本案の判断(争点(一)について)
1 旅行業者である龍王らが、運送事業者である原告との間で行う代理店契約が、旅行業法二二条の九第一項にいう旅行業務に関する取引に該当するか否かを判断するに当たっては、弁済業務保証金制度の趣旨にさかのぼって検討する必要があるところ、弁済業務保証金制度は、旅行業者との間でなされる旅行業務に関する取引が、その性質上、概して一回的であって、取引の相手方が旅行業者について格別の情報を有さず、運輸大臣の登録を受けていることを拠り所として取引を行う場合が少なくないことに鑑み、保証社員全員の拠出する分担金によって賄われる弁済業務保証金をもって、保証社員である旅行業者らの債務を保証することによって、その取引の相手方を保護し、ひいては旅行業界に対する信頼を確保して同業界の発展を促進するという趣旨に基づくものである。
しかるに、運送事業者が旅行業者と代理店契約を締結して、継続的に乗車券等の発行及びその対価の受領を依頼する場合には、旅行業代理店業者とその取引の相手方との関係が対外的なものであるのに対して、運送事業者と旅行業代理店業者との関係は内部的なものにすぎず、また、その関係が継続性を有するという点において、右の趣旨に基づく弁済業務保証金制度が想定する典型的な場合と異なることは明らかである。さらに、この場合は、契約関係が継続する過程において、運送事業者が当該旅行業代理店業者に関する情報を入手することを期待できるのである。そうであるならば、あえて他の保証社員の負担の下で、運送事業者との間の代理店契約に基づく旅行業者の債務を保証することは、弁済業務保証金制度の予定しないところであって、このような継続的取引は、同条項にいう旅行業務に関する取引に該当しないと解すべきである。
2 ところで、同法二条一項括弧書は、専ら運送事業者の代理行為を行う場合には、その代理契約の効果が直接運送事業者と旅行者等との間に生じるため、各運送事業法により運送事業者の約款等を監督することによって旅行者等の保護を図ることが可能であり、必ずしも代理事業に対して旅行業法上の規制をする必要がないという趣旨に基づき、「もつぱら運送サービスを提供する者のため、旅行者に対する運送サービスの提供について、代理して契約を締結する行為を行なう」事業を旅行業から除く旨規定している。そして、同括弧書は、その要件を満たす場合、運送事業者の代理業者とその相手方である一般消費者等との間における契約締結行為のみならず、運送事業者とその代理業者との間における委任契約等の締結行為についても、旅行業から排除されることを前提としている。また、同法が、旅行業代理店業者には営業保証金の供託義務を課していないことも(同法七条一項)、旅行業者と旅行業代理店業者との内部関係に要保護性を認めない趣旨に基づくものと解される。
このように、同法は、運送事業者と代理店契約を締結し、継続して運送事業者のために乗車券を発行する等の旅行業者の事業については、同法を適用すべき固有の要保護性を認めていないのであって、このことによっても、右1に述べたことの妥当性が裏付けられるということができる。
3 よって、運送事業者と旅行業者との間における代理店契約に基づく取引は、同法二二条の九第一項にいう旅行業務に関する取引に該当しないというべきであり、被告は、このことを理由として右取引に基づく債権の認証を拒否することができる。
三 以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官南敏文 裁判官小西義博 裁判官納谷麻里子)